リーダーのこの一言が組織を変える!
第135回 『何とかなるだろうではなく、一人ひとりの “(自分が)何とかする”という決心から!』
- 2012年4月25日 9:56 AM
- お金
お金に関することで、先延ばしにしていることは何かないだろうか?
1.こんな出来事が!
この4月には終了していたはずのものが終わらず、1年間延長された。しかも、去年に引き続き再度の延長となり、2013年3月末まで継続されるという。
この再延長されたもの──それは2009年12月4日から施行された中小企業金融円滑化法、通称モラトリアム法のことだ。
当初は、2011年の3月までの約1年間限定という時限立法で成立した。推進したのは元金融・郵政改革大臣であった亀井静香氏。中小企業が借り入れている元金や金利の支払い猶予を金融機関に課したものである。もちろんこれはあくまでも一時的なものであり、与えられた猶予期間に金融機関が経営改善を各企業に促し、財務体質の早期健全化を図って、急激な倒産増による社会的な不安や混乱を防ぐ意味合いがあった様に想う。
2.私の想い
同法により中小企業だけでなく、金融機関も恩恵を受けている側面もある。通常金融機関は、融資先の企業の状況(①正常先②要注意先③破綻懸念先④実質破綻先⑤破綻先)によって、お金(貸し倒れ引当金)を別途積み立てしなくてはならない。当然破綻に近い状況の場合、引き当て金が多額になり、金融機関の財務内容を圧迫していた。しかし同法により破綻に近い企業でも一時的に救済され正常先に近い扱いとなり、負担が減る。
また、同法適用中に企業が倒産し貸し倒れが発生しても、金融機関としては60%負担で済み、残りの40%は国が負担してくれるという点だ。
が、見逃してはならないのは、このつけは我々一人ひとり(国民)にまわってくるということだろう。これは、金融機関と実行した企業だけの問題ではない。
事実これまでに、この法に基づく貸付条件の変更等の中小企業への実行件数は約228万件、63兆円を超すという。(金融庁平成24年1月発表資料より)この膨大な値を目の当たりにして、皆さんはどの様な印象をもたれるだろうか。来年春に同法を打ち切ることを踏まえ、国としても再生の受け皿となる投資基金を設立する検討に入るというが、根本的な解決への道のりは遠いように感じる。
3.日々への影響
国家の財政赤字の先送りに歯止めを掛けるために、消費税を上げる上げないの論議、天下り機関や人材の削減、公務員新規採用の56%カット等々、我々のお金を取り巻く状況は日々刻々と変化を遂げている。
こういった時代の中で私は、有名なジョン・F・ケネディのあの言葉がこころに沁(し)みるのだ。
“国家が我々一人ひとりの国民に何をしてくれるかを考えるのではなく、私たち一人ひとりの国民が、国家に何ができるか、を考えよう(Ask not what your country can do for you, ask what you can do for your country.)”
4.生活・志(仕)事の中での実践
今回、金融庁の同法延長の発表を受け感じたことは、猶予することが大切なのではなく、自立する(改善する・決める)ことを支援する取り組みこそが大切であるのではないかということである。具体的には経営改善計画や、今後の方針書作成支援になるのかもしれない。しかし、絵に描いた餅になり易く、かつ、“仏作って魂入れず”の状態になってしまい、本気度が伝わってこない場合も少なくない。何とかなる、誰かが助けてくれる、では真の解決に至らないだろう。
その推進のエネルギーは、自らの「何とかする!」という強い意志の力であり、決心する、覚悟をもつということが原点になるということは間違いがない。
これは今回のテーマとなっている資金繰りや業績にあえいでいる企業と、それをサポートする立場にある金融機関のことだけを指している訳ではない。
経済的な自立を先延ばしにして、誰かに頼り、家族や組織(企業、社会、国家)に依存して生きている側面がないか─自身を含め周りを見渡してみる。自らの意思をもって立ち向かっていこうとしているか、自分から動き出しているか、常に振り返ることが大切だと今回改めて実感したのである。
あなたご自身は何を感じ、何に取り組んでおられますか?
5.毎日の言葉
- 「あくまでも一時的なもの」
- 「つけは我々一人ひとり(国民)にまわってくる」
- 「猶予することが大切なのではなく、自立する(改善する・決める)ことを支援する」
- 「仏作って魂入れず」
- 「推進のエネルギーは自らの「何とかする!」という強い意志の力」
6.自分を見つめる問いかけ
- お金に関することで、先延ばししていることは何かないでしょうか?
- “経済的な自立”と“経済的な依存”、この言葉を聴いてあなたは何を想い浮かべられますか?
参考:金融庁HPより http://www.fsa.go.jp/news/23/ginkou/20120120-4.html
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第134回 『未来を信じ、今を生き切る!』
- 2012年3月23日 10:13 AM
- 時間
あなたはこの一年で何が変わり、これからの一年で何を深めていきますか?
1.こんな出来事が!
あれから一年の時が刻まれた。たかが一年、されど一年。皆様はどの様な想いでこの日を迎え、どの様に過ごされただろうか。
3月11日。誰しもが忘れることのできない、そして今後も決して忘れてはならない日が巡ってきた。死者・行方不明者およそ2万人、避難者は未だ35万人(2012年3月11日現在、警察庁・復興庁発表)。
大きな揺れの後、沿岸部を襲った津波。続く停電、火災、社会的インフラの機能停止。その後も原発被害に対する遅れた対応や不透明さ、拡散の恐怖と闘う日々──。自然に対する人間の無力さや個人での力不足を改めて味わう毎日であった。
一方、全国から参加したボランティアの数は累計94万人を超えるという(※参照:「災害ボランティアセンターで受け付けた活動者」・全社協 被災地支援・災害ボランティア情報より)。“頑張ろう東北!頑張ろう日本!”の合言葉での復興活動。助け合い、絆を深め、一体(チーム)となった人間の強さや素晴らしさもそれ以上に実感した一年であったように想う。
2.私の想い
一年前を振り返ると、海外の方をはじめとして日本を脱出する人も大勢いた。しかし私自身は、歴史に残るこの瞬間に“生きた証し”として、是が非でも現地の今をこの目、この耳、この鼻と、五感を通じて感じたかった。被災地に住むお客様の状態も気がかりであった。そして、わずかでもいい、何かお役に立ちたいと願っていたのである。
福島第一原発は、自宅のある東京・西東京市から直線距離で約230km。年度始まり前後である4月の仕事の折り合いを何とかつけ、まずはお客様の情況を確認しよう、そして、何かお手伝いは出来ないか・・・と想いを巡らせ、被災地に向け自転車を走らせたのだ。
現地は、「時が解決する・・・」「時間が経てば・・・」という言葉が全く無意味に感じる位、とてつもない状況であった。その場に立ち尽くすしかできなかったことが昨日のことのように脳裏に浮かんでくる。
その後は、“今、自分に何ができるか”という言葉を常にこころに投げ掛け続けた。
そして私は、この一年、少しでも多くの人に、現地を見てボランティアをさせて頂いた中で感じたことを伝えるということで、取り組みを続けてきた様に想う。
3.日々への影響
そして、一年目を迎えた先日。私は、日本が列強の支配下に堕ち、隣国の清の如く実質植民地化されかねない状態の中、国としての崩壊の危機を救ったあの坂本龍馬が眠る京都・東山の地を訪れたのである。
諸外国の脅威もさることながら、開国と攘夷、長州と薩摩等々からあふれ出る国難に対して、独自の思想と行動力から命を顧みず突き進んだ龍馬。船中八策を表し大政奉還を実現するも、そのわずか一ヶ月後、33歳の誕生日に暗殺された龍馬。彼が現代に生きていたら、何を想いどの様な策を表すだろうか。──私はその姿を前にただただ想いを巡らせたのである。
坂本龍馬と中岡慎太郎のお墓(左奥)と銅像 <京都市東山霊山>
4.生活・志(仕)事の中での実践
この京都からの帰り道、ふとこころに蘇ってきた言葉があった。それは、“宇宙に一撃を与えたい(I want to put a ding in the universe.)”という言葉。そう、コンピューターという“機械(モノ)”に躍動感あふれる命を吹き込み、音楽や映像を変え、世界中に数多くの喜びを創造したスティーブ・ジョブズ。彼の遺した私の大好きな言葉である。
──幸せで豊かな未来に想いをはせ、今を妥協なく生きた、龍馬とジョブズ。限りある人生で何を実現するのか、周りに何で覚えられたいと願っているのか・・・。社会と自分の繋がり(“何”で社会に貢献するのか)というものと、自分自身の八策の原点(何があるからその貢献をしたいか、いかに貢献するのか)を見つめ直す素晴らしい3.11となった。
たかが80年、されど80年(龍馬は33年、ジョブズは56年間しかなかったが)。時間は有限かもしれないが、想いは無限に広がるのだ(時間は有限、想いは無限!)。
あなたご自身は何を感じ、何に取り組んでおられますか?
5.毎日の言葉
- 「自然に対する人の無力さや個人での力不足」
- 「助け合い、絆を深め、一体(チーム)となった人間の強さや素晴らしさ」
- 「宇宙に一撃を与えたい(I want to put a ding in the universe.)」
- 「幸せで豊かな未来に想いをはせ、今を妥協なく生きる」
- 「時間は有限、想いは無限!」
6.自分を見つめる問いかけ
- あなたはこの一年で何が変わり、これからの一年で何を深めていかれますか?
- あなたは〝何〟で社会に貢献しようと想われますか?
- あなたは何があるからその貢献をしたいのでしょうか、又、いかに貢献していかれるのでしょうか?
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第133回 『人生はマラソン競技、仕事は駅伝競技!』
- 2012年2月23日 9:31 AM
- こころ
あなたはたすきを誰から受け、誰に何を伝えようとしていますか?
1.こんな出来事が!
第6回目を迎える東京マラソンの開催が目前に迫っている。今年も3万5千500人を越えるランナーが、都心の道路を埋め尽くすのだ。今や“走ること”は一過性の健康ブームではなく、その本質に意義を見出されている人が増えてきているのではないかと想う。そして、その姿は“(どれだけ苦しくとも歩を進め)身体だけでなくこころや人生を健康に・軽やかに”という様なメッセージであり、こころの叫びとなって私には聴こえてくるのだ。
走るということは、“行う(行為)”だけでなく“観る(観戦)”という点でも人気が高い。オリンピックイヤーということもあり、女子マラソンの若手台頭や、芸能人でありながらカンボジア国籍を取得し、ロンドンを目指す猫ひろし選手も注目を集めている(先日出した現在の自己最高記録が2時間30分26秒。昨年の東京マラソンが2時間37分43秒、2年前は2時間55分45秒・・・と驚異の走りで毎年記録を大幅に更新中)。
2.私の想い
また、同じ走るという競技でありながら異彩を放ち、観る者を魅了するものがある。そう、駅伝だ。日本が発祥の伝統競技であり、今や柔道をはじめとする武道と共に、“Ekiden”として海外にも広がっているように聞く。個人競技のような面白みだけではなく、たすきを繋ぎ“チーム単位で成果を生み出す”といった側面から数々のドラマが生まれている。ここに、観ている人が自分自身の現時点と重ね合わせ、共感の渦を巻き起こしている様に強く感じるのだ。
中でも箱根駅伝では近年、激しい競り合いが展開され、以前に増して年始の風物詩にもなっている。今年も、東洋大学と早稲田大学の争いには釘付けになった人も多いのではないだろうか。前々年、5区山の神・柏原選手の区間最高記録を背景に総合優勝した東洋。前年は早稲田の追い上げに、往路の27秒のリードを復路で逆転された。リベンジに燃える東洋と、それを阻止し連続優勝をもくろむ早稲田。結果は、柏原選手に頼ることなく(4区で早稲田を51秒リード、トップでバトン、前年比プラスマイナス70秒の差)、全員が力を発揮した東洋が完全優勝(早稲田は4区で体調不良の駅伝主将・三田裕介選手からメンバー交代を行うも、各区間で東洋に圧倒的な差を生み出せなかった ※一部報道には“この重圧には耐えられない”等ショッキングな言葉も並ぶが)。
3.日々への影響
明暗を分けた二校(前年は総合で早稲田が21秒差で勝ったが、今年は逆に東洋が2位の駒澤大と9分2秒差、早稲田(総合4位)とは11分34秒差という圧倒的な強さを誇った)。そこには、前回大会以降から何があったのだろうか? どちらも血が滲む様な努力をしてきたことに違いはないだろう。しかし、そこには何か明確な差があったからこそ、タイムの開きとなって結果に現れたように想う。
チームとしての総合力が問われる駅伝という競技。ヒーロー、スター選手がいるだけではもちろん勝てない。しかも4年ごとに選手は卒業していく。実際、東洋は「柏原(選手)だけに頼らないチームづくり」が合言葉であった(前年総合21秒差の悔しさをバネに一人ひとりが2秒のタイム短縮)を意識し、各選手が実力的にも精神的にも成長した)様に聞く。また、本番にいかに最高の実力を発揮するか! 監督というリーダーのもと、東洋では当日に向けた体調管理はもちろんのこと、コーチやマネージャーも一緒になり、チーム全体での強いメンタルづくりにも余念がなかったようだ。
4.生活・志(仕)事の中での実践
たすきをつなぐ、バトンをつなぐ、というのは何も駅伝競走だけではない。日々我々が取り組んでいる仕事でも、誰から何を引き継ぎ、誰に何を引き継ぐのか、といったことは常にテーマとして存在する。
春三月を控え、配置転換、新入社員受け入れ、新年度の経営陣交代、先代(親)から次世代(子供)への(事業)継承等々を意識している人は多い。後任への引継ぎ準備はいかがだろうか。前任からの引継ぎは上手く運びそうだろうか。──ふと手を止め、私も自らを顧みながらバトンの受け渡しの図をアタマの中に想い巡らす。
双方にとって喜びがあり、かつ総合で最高記録を出すために、どの様なドラマのシナリオを描いているだろうか。人生はマラソン競技の様に単独で歩み、一人一回きりの側面があるかもしれない。しかし、仕事(や事業)は駅伝競技の様に、皆で協力し合い、高め合い、次世代にたすきを繋いでいくものだから。
あなたご自身は何を感じ、何に取り組んでおられますか?
5.毎日の言葉
- 「こころや人生を健康に・軽やかに」
- 「たすきを繋ぎチーム単位で成果を生み出す」
- 「人生はマラソン競技、仕事(や事業)は駅伝競技!」
6.自分を見つめる問いかけ
- あなたはたすきを誰から受け、誰に何を伝えようとしていますか?
- この3月の引継ぎ時期に向け、今やっていることは何ですか?
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第132回 『 まとまった1時間が取れなくとも、小刻みな15分であれば4回取れる!』
- 2012年1月25日 9:23 AM
- 時間
あなたにとって、身近な時間の単位は何でしょうか?
1.こんな出来事が!
先日、テレビショッピングに関わるお仕事をされているリーダーの方と、情報交換をさせて頂く機会があった。話は、売れ筋商品のことや訴求力の打ち出し方、伝達力をあげる上での工夫、人材育成や戦略面にまで、多岐に渡り、興味深いものばかり。
中でも特に感じ入り、関心をもったお話の一つが、売り上げ額の捉え方であった。通常の企業であれば、年間売上げや月額の売上げが話題になることが多い。もちろん小売店や外食産業等は、1日当たりの売上げがテーマになることも珍しくないだろう。しかし、この業界では、1時間単位の売上額の集計にとどまらず、1分当たりの売上げ管理が行われているということだった。
当然、商品紹介で何を伝えたときに発注が増え、逆にどのような時が伸びないのかが明白であり、データに裏打ちされた改善や改良が瞬時に行われる。1時間でもなく、10分でもない。ましてや1日や1週間でもない。1分という刻々と変わる状況や変化を捉え、手を打っていく。まさしく日進月歩ではなく秒進分歩の世界なのだ。
2.私の想い
このお話を伺った時、研修や講演・セミナー等の際、受講生の方々が集まる光景がふと私の脳裏に浮かんだ。多くの場合、研修のスタート15分ぐらい前から徐々に集まり始め、時間までにほとんどの人が集う(会社や業界によっては遅れる人が出る場合もある)。
ある鉄道会社での研修は、この日常の風景が違った。15分前どころか10分前でも来られる方はない。しかし、3分前にはものの見事に全ての人が着席をし、スタートを待たれるということがあった。もちろん遅刻者は皆無である。
自社や自業界の時間感覚の当たり前が、他社や他業界での当たり前とは違うとしみじみ感じた瞬間であった。
3.日々への影響
こうして時間感覚や時間の単位というものに意識が高まる中、私は改めて時間は創るものという想いに満たされていったのである。時間はないのではなく、時間を生み出す工夫がないだけ。自分への戒めも含めさらに言えば、時間がないと言い訳する人は、時間を創り出す工夫がないと自らの無能さを白状している様なものではないだろうか。
ただ、時間に対する見方や考え方に違いが生まれてきても、最初の一歩、つまり具体的な行動をなかなか踏み出せなかったり、定着させきれていないという人は少なくない。
そこで今回私が着目したのは、まとまった1時間が取れなくとも、小刻みな15分であれば4回取れる! というものだ。(この15分を取れない人であれば、10分を3回という30分=半時間でもいいのではないだろうか。)結果、合わせればそこそこまとまりのある時間を生み出せたことになる。
4.生活・志(仕)事の中での実践
人生80年、限られた時間の中で我々一人ひとりは何を実現したいのか。時間を生み出すことはできても、人生(や仕事)を生み出す(人生・仕事でこれを実現したいという想い、結果を生み出す)ことは容易ではない。人生(や仕事)を生み出すからこそ、真の意味で時間を生み出すことができるのではないだろうか。
このことを成し遂げたい、あのことができるようになりたい。例えば、英語を話し世界中の人々と直接つながりたい。お客様をもっと笑顔にしたい、お役に立ちたい。家族や周りに今よりさらに喜んでもらいたい等々。
15分という時間を生かすも殺すも、あなたの熱い想いに掛かっているのかもしれない。
あなたご自身は何を感じ、何に取り組んでおられますか?
5.毎日の言葉
- 「1分当たりの売上げ管理」
- 「日進月歩ではなく秒進分歩」
- 「時間は創るもの」
- 「時間はないのではなく、時間を生み出す工夫がない」
- 「人生(や仕事)を生み出すからこそ、真の意味で時間を生み出すことができる」
6.自分を見つめる問いかけ
- あなたにとって、身近な時間の単位は何でしょうか?
- あなたやあなたの周りの人は、「忙しい」をどれだけ口にされるでしょうか?
参考:自分の希望する時間の使い方ができているとおもうか(参照:内閣府「男女のライフスタイルに関する意識調査」(平成21年)より
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第131回「こころの安定は、微動だにしない自分の姿勢から!」
- 2011年12月22日 9:20 AM
- 人間関係
あなたは、“気遣いが気疲れ”になっていませんか?
1.こんな出来事が!
先日の関西出張から帰る新幹線車内でのひとコマである。乗った電車は、新大阪始発の東京行きのぞみ号。私の座った席の三つ程前左側の二列シートに、二十歳前後の二人連れの女性が大きな声で話をしながら乗り込んできた。発車後も二人の賑やかな会話は止むことはなく、ほぼ満席でありながらも、静かで整然とした車内空間に異様な雰囲気をもって響き渡っていた。しかも、時にけたたましいと感じるまでの笑い声が頻繁に混ざって。
この二人が途中駅の名古屋で降り、静かになった車内でほっとしたのもつかの間、次にある出来事が起こった。名古屋から新たに乗り込んで来た一人の男性が、女性達が座っていたその席に入れ替わりで座ろうとした瞬間、今一度立ち上がり、ある物を網棚の上にバーンと放り投げたのである。その動作から、ちょっとした怒りの様なものがこちらにまで伝わってきた。──そう、前の座席ポケットには、彼女たちが食べ散らかし、置き去りにしたマクドナルドの袋が突っ込まれ、大きくはみ出していたようだ。
2.私の想い
直後に、全く別で乗り込んできたお一人の女性。先程の男性の隣が指定になっていて席に座ろうとした。その時、先ずご自分の鞄とコートを座席に置いて、前のポケットにあったゴミを手に持ち、さっと車両連結部に歩いていかれたのである。戻ってきた時、当然手には何もない。誰が残したかわからないゴミとはいえ、東京までの快適空間(と平静なこころ)を自分自身が生み出すために、自ら労を取って捨てに行かれたのは言うまでもない。しかも、出張帰りの様子で疲れていたであろうにも関わらず嫌な顔ひとつ見せられなかったのだ。
ゴミを捨てる人、ゴミを他に投げつける人、ゴミを片付ける人。この瞬間やその人間模様を目の当たりにして、心地よい研修を受けた時の様な探求するこころが広がっていった。
私だったら、あの場面でどうしただろうか? 車内だけに限らず、ゴミをそのままにして周りの人に迷惑を掛けていることはないだろうか? “何で俺(私)が?”と、見て見ぬふりをしたり、感情を荒げ却って気分がむしゃくしゃする様なことをしていないだろうか? 等々、読んでいた本を閉じ自問をしてみたのだ。
3.日々への影響
自分の当たり前が人の当たり前と違う。公共マナーひとつをとっても、これぐらいはいいだろうと自分をごまかしている時はないだろうか。他人からすれば不快に感じられることが意外と多いものだ。
「自分はよくとも、周りは不愉快!」「人の振り見て、我が振り直せ!」「学ぶ姿勢が全てを教材にする」等々の言葉が脳裏に次々と浮かんできた。
そして、改めて想ったのである。──今の社会では、感受性が豊かであっては、こころが傷つき疲れてしまう場面が多いのかもしれない。ましてや組織のリーダーは様々な人間と関わる中で、自らのこころの安定が崩れがちだ。かといって、感受性が乏しければ、気遣いや慮(おもんばか)る気持ちが不足し、ギスギス職場・ギスギス組織にまっしぐらだろう。
4<生活・志(仕)事の中での実践>
今回の出来事を通じて、様々な外的な環境や人間関係からくる刺激に対して、“気遣いが気疲れ”になってはいけないと強く感じた。
人はいつのまにか、自分のこころが疲れ過ぎない様に、周りとの関係やこころに巻き起こる波風を遮断するようになったのかもしれない。そして無関心や無表情を装うことが知らず知らずの内に習慣になってしまったのではないだろうか。
しかし、感受性が豊かであっても、こころは疲れない、この両立はこのゴミを片付けた女性のしなやかさと出遇(あ)い、十分可能だと意を強くした。
自分にとって嫌なことや受け入れ難いことであっても、こころに波風が立たず、微動だにしない。さらに言えば、波立っているのかも知れないが、表には出さずそれに翻弄されない、流されない、続かない。
そこには、一歩進んで、それをも受け止め許す、こころの器や余裕、メンタルフリー(こころが何ものにも動じない)というものが大切と感じたのだ。具体的に行動で取り組めることは、(「ありえない」と突っぱねるのではなく)「それはあっていい」と自分の揺れているこころに投げ掛ける(許す)ことが効果的と想う。
人間関係は、相手次第・環境次第ではなく、自分次第と感じた瞬間に感謝!
あなたご自身は何を感じ、何に取り組んでおられますか?
5.毎日の言葉
- 「ゴミを捨てる人、ゴミを他に投げつける人、 ゴミを片付ける人」
- 「自分の当たり前が人の当たり前と違う」
- 「感受性が豊かであっても、こころは疲れな い」
- 「受け止め許す、こころの器や余裕、メンタル フリー(こころが何ものにも動じない)」
- 「“それはあっていい”と自分の揺れているこころに投げ掛ける」
6.自分を見つめる問いかけ
- ともすれば、“気遣いが気疲れ”になっているなぁと感じる時はどの様な時ですか?
- あなたは(リーダーとして、)こころの波風とどの様に向き合っておられますか?
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