あの言葉で私の人生と事業が変わった! 実録、経営者・リーダー他最も影響を受けた言葉
第70回「二番手になってはいかん!」
- 2012年4月25日 9:42 AM
- 経営者が影響を受けた言葉
タイガー警備保障株式会社 代表取締役社長 吉川 久美 氏 (中編)
( 76 歳、保安警備業) http://www.tigerkeibi.com/
1.人生と事業が大きく動く前の状況
周りの方からのご支援や、幸運が重なり、51歳という創業するには比較的遅い年齢で今の警備業をスタートするに至った私。振り返ってみると、単なる偶然の積み重ねではなく、必然であり、自分自身が追い求めた結果、経営者(リーダー)になることが出来た様に感じます。
結果として、私がリーダーとしての道へ進むに至ったのは、やはり幼少期の体験が大きく影響を与えているのではないでしょうか。9人兄弟(男6人・女3人)の末っ子で、近所でも有名なくらいの貧しさ。着る服は兄貴のお古ばかりで、いつもお腹をすかし、人のものを奪ってしまう気持ちが容易に理解できる程、貧困にあえいでいました。後塵を拝すと、常に物にありつけない、泣き言を言わず自分で切り拓くしかない状況が長く続いたのです。
2.経営者・リーダーとして、こころにしみたあの言葉
この様な環境の中で私のこころに自然と、「二番手になってはいかん! 」(誰かの後ろにいて依存するということは最もリスクが高い)というスタンスが醸成されていきました。
リーダーとして、先頭に立ち、事業の舵を取る。─そして、支えてくれるまわりのメンバーや家族、社会に幸せをもたらす立場。そここそが自分の立つ場所ではないかと考えるようになったのです。誰かに依存するのではなく、自らが柱になる生き方に自然と導かれました。
3.人生・事業で何がシフト(転換)したか
“苦労が人間を強くする”ということを、永年の人生を振り返ってしみじみと感じます。
我々経営者は誰からも何も言われない。しかしふつふつと熱い想いがこころの底から湧き上がってくる──その原点は幼少期からの体験に育まれたのでしょう。まさしく経営者としての、リーダーとしての器を、あの時の苦労が形作ってくれた様に想い、今はただただ感謝です。
4.水野が直接お聴きして感じたこと
「リーダーとしての器を開発する」──ために、
- 苦労に立ち向かう
- スキルよりスタンスに磨きをかける
- 幼少期の体験との関連を振り返る
ことが大切であることを実感する素晴らしいご体験談であった。
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第69回「1億2000万円、貸してあげてくれ!」
- 2012年2月23日 9:34 AM
- 経営者が影響を受けた言葉
タイガー警備保障株式会社 代表取締役社長 吉川 久美 氏 (前編)
(76歳、保安警備業) http://www.tigerkeibi.com/
1. 人生と事業が大きく動く前の状況
私は9人兄弟の末っ子として奈良の田舎に生まれました。今から想うと極度な貧乏生活の中で皆とぶつかり合い、助け合いながら、人間社会というものを学んだように思います。事業を起こす時も、最初の一歩を大きく踏み出すことが出来たのは、社会との関わりを意識し、人とのご縁や人のこころとの力強い繋がりがあったからでした。
51歳で独立した(ご縁があり今でいうM&Aで危機にあった事業を引き継いだ)私の前職は、タクシー会社の専務職。畑違いであったものの、警備業というものはこれからの社会に必ず役に立つと想い、トップに立つことにしたのです。しかし、当然のことながら業界経験はもちろん、No.2の経験はありながらもNo.1経験が不足し、トップとしての社会的信用が足りなかったのは否めないことでした。
2. 経営者・リーダーとして、こころにしみたあの言葉
事業の立ち上げ資金も、工面に苦心していたのです。私自身、八方手を尽くし動き回っていました。その様な中、ある方の言葉とご尽力で大きくことが進展したのです。
融資を依頼していた信用組合に、ある方(社会人生活を踏み出した時の上司であり、その後独立した時にも引っ張って頂き、大変お世話になった社長)がわざわざ直談判に出向いて下さったのでした。そして、目の前の理事長にこう言われたのです。「吉川さんに、1億2000万円貸してあげてくれ! 」──まさに驚きの瞬間でした。
3.人生・事業で何がシフト(転換)したか
この時、仕事というものは人間関係や信頼関係の上に成り立っているものであること、そしてその信頼関係や絆を深めていくことこそが仕事であることを、実感として強く感じたのです。自分自身が大きく変われた瞬間でもありました。融資の話も、先方理事長が「あなた(社長様)がそこまで言われるのなら」、と快諾をいただく形になったのです。
私には、その社長へ常に感謝の二文字があり、それが心の支えになってきました。また、今後も少しでもご恩返しができる様にと、自分の大きな励みになっていることは間違いありません。さらには、独立した時家内から「失敗しても、無一文になってもいいやん」と背中を押してもらったこと。事業を引き継いだ時の職員17人の中に、弊社の現専務である井東がおり、私を信じこれまで右腕として支え続けてきてもらっていること。──これ以外にも数え切れない多くの方のご厚情があったからこそ、今のタイガーであり、私が存在するのです。
4.水野が直接お聴きして感じたこと
突破力を生み出すために、
- 人とのご縁・信用を蓄積する
- 感謝やご恩返しの力を常に意識する
- 井戸を掘った人間を忘れない、
ことが大切であることを実感する素晴らしいご体験談であった。
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第68回「1年を計る人は花を育てる、10年を計る人は木を育てる、100年を計る人は、人を育てる」
- 2012年1月25日 9:25 AM
- 経営者が影響を受けた言葉
梅乃宿酒造株式会社 代表取締役社長 吉田 暁 氏 (後編)
( 63歳、酒造業) http://www.umenoyado.com/
1.人生と事業が大きく動く前の状況
今から28年前の1984年、私は四代目としてこの会社を先代から引継ぎました。就任直後は、どうしたら良いお酒を造ることが出来るか、何があればお酒をさらに多くのお客様にお買い求め頂けるか等々、どうしても日常業務の問題解決に終始することが多かった様に想います。ただ、こころの片隅には常に、五代目にいかに引き継ぐか、その組織体制をどの様につくり上げていくかということは頭にありました。単に私だけの“吉田商店”ではなく、お客様やスタッフに無くてはならない会社と心底から感じて貰える、“企業としての吉田商店”により進化させることができるか、日々忘れることはなかったのです。
2.経営者・リーダーとして、こころにしみたあの言葉
この様な時に出会い、自分にも周りにも伝えるようになった言葉が、「1年を計る人は花を育てる、10年を計る人は木を育てる、100年を計る人は、人を育てる」というものでした※。来年咲く花を綺麗に育てることは大切だか、更にその土台となる木、そして何よりも終生を想い、その育みの礎となる“人”にしっかりと目を配らせ、具体的な手立てを打っていただろうか、とハッとしたのです。より大局的で長期的な視点をも同時進行で具体的に進めることの大切さが身にしみた瞬間でした。
3. 人生・事業で何がシフト(転換)したか
それまでも資質をもった人を集めてきていましたが、一人ひとりの能力を最大限に引き出すまでには至っていなかった面があったように想います。しかし、私自身の意識も高まり、組織全体としての理念や文化、雰囲気・人がイキイキする人事諸制度等の強化に努める中で、徐々に連携や繋がりが生まれました。相互に刺激や研鑽し合う“人を育む土壌”の下地ができ、結果個人も大きく成長してきた様に感じます。
これらを踏まえ、複数人数での新卒採用にも踏み切り、組織への好影響が大きく出てきました。今後五代目の選任やその組閣づくりを強化し、100年先(終生)を見据えた“人が自然と育つ企業”へのさらなる仕上げとしての行動を進めます。
4.水野が直接お聴きして感じたこと
100年先を見据えた“事業継承”のために、
- 日常業務と同時進行で大局・長期的テーマを意識
- 人を育む土壌づくり(理念・文化等)
- 人が自然と育つ企業づくり
が大切であることを実感する素晴らしいご体験談であった。
※中国の古典「菅子」の一節「一年之計、莫如樹穀、十年之計、莫如樹木、終身之計、莫如樹人」を参照)
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第22期経営『者』力強化本講座、3日間(2011年11月25~27日の合宿)に参加された経営者・後継者・経営幹部の方々のご意見・ご感想
- 2011年12月22日 9:21 AM
- 講座参加者のご感想
先日、第22期の経営『者』力強化本講座(2011年11月25~27日・3日間の合宿)が開催されました。(講座の基本テーマは、「自分を深く見つめ、事業と人生に違いを生み出す!」)
そこで今回は、ここに参加された経営者・後継者・経営幹部の方々のご意見・ご感想を、ご了承を得た上でそのまま掲載させて頂きたいと想います。
事業と人生においてターニングポイントとなる3日間を、自分と向き合い真剣に過ごされた参加者の方々の心の底からの言葉です。皆様も是非ご参考ください。
1日目(領域:過去/人生、テーマ:①人生は自分次第、事業は経営者次第 ②人間は不完全であるがゆえに、「感謝」が大切)感想
1.「これまでの自らの取り組みの甘さ、人に対する関わり方の甘さを再認識。人を動かすためには先ず自分が本気にならなければ始まらない、ということを痛感しました。」
2.「人生曲線や事業曲線を作成し、率直に感じたことは自分はまだまだ小さいな、ということ。やれなかったこと、これからやりたいことが山ほど出てきました。」
3.「仕事に対してや、会社のメンバーに対して、向き合っているつもりで実際は正面から向き合えていなかったことに気が付きました。いつも誰かに支えられていることを再認識し、前を向いて邁進していきたいです。」
2日目(領域:現在/事業、テーマ:①経営者としてのものの見方をシフト(転換) ②経営者の習慣が、経営体質をつくる)感想
1.「“自分の口癖や言い訳、姿勢・態度分析”を終えて、一にも二にも受信力を高めることが私には最重要課題だと気が付きました。」
2.「ドラッカー著『マネジメント論』を読んで、“顧客”という言葉の奥深さを再考させられたように感じます。」
3.「良いところを相手に伝えることで、心が通い合い、絆が深まる、ということを実感できたように想いました。」
3日目(領域:未来/人生と事業の融合、テーマ:①From Future(未来から現在への発想) ②百の知識より一つの実践)・全体感想
1.「全日程を終えて、“人を動かす” から“人が動く為に何をするか”、という意識に大きく変わりました。」
2.「3日間の講座で、人生における宝物がひとつ増えたように想っています。感謝!」
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第66回「“とっぱもん(突破者)”たれ!(人と違うことをやれ!)」
- 2011年11月25日 11:03 AM
- 経営者が影響を受けた言葉
梅乃宿酒造株式会社 代表取締役社長 吉田 暁 氏 (中編)
(63歳、酒造業) http://www.umenoyado.com/
1.人生と事業が大きく動く前の状況
私が生まれたのは、団塊世代のピークでした。小中学校では生徒数もクラス数もとても多かったことを覚えています。加えて、育った家は男ばかりの三人兄弟。長男でなかった私は親から「将来は養子にいくんやで(いくのですよ)!」と、ものごころが付いた頃から聞かされていたような記憶があります。
この様な中、大きな転機が訪れました。高校2年の時に、親父が亡くなったのです。
それまで、こころ広く私を受け止め自由にさせてくれていた父。その存在を後ろ盾に、私はというと長男でない気楽さも手伝って、好き勝手し放題。学校にさえあまり行っていませんでした。天理(奈良県)の片田舎で自転車やバイク、音楽等に夢中になっていたのです。
2.経営者・リーダーとして、こころにしみたあの言葉
しかしその私が、父の存在がないことを日々実感するにつれ大きく変われました。自分が自分らしく進むために今何をすべきか、その一歩を踏み出し始めたのです。
そこには「“とっぱもん(突破者)”たれ!(人と違うことをやれ!)」という、生前の父の言葉がありました。それまで何度となく聞きながらも実感として理解できなかったこの言葉。それが本当の意味で、こころと身体に染み込んでいったからこそ、生まれた変化に他ならないでしょう。
3.人生・事業で何がシフト(転換)したか
高校3年の二学期からは一日14時間も勉強をする位集中力が生まれました。そして先生から絶対無理と言われていた志望校にも見事合格したのです。「一つ目標が決まれば、一気にいく」──その様な“機を見て敏なる”経営者としても大切な気質を最初に体験し、会得した瞬間でした。
それが、今スタッフにもよく言う「何をしたらいいか、閃(ひらめ)きと(即)行動を大切にしよう!」という言葉になっているのだと感じます。自分たちの中でキラリと光る何かを見つけ、スピード感をもって実行に移す、それも大きな“らしさ”でしょう。
今後とも、座右の銘である一期一会を大切にし、自分らしさ、わが社らしさを育んでいきます。“とっぱもん”であることを誇りに、伝統の中にも新しい兆しを見つけ邁進していく──。「小さい苦しみ(変化)は、愚痴を生む 大きな苦しみ(変化)は、知恵(と行動)を生む」のだから。
4.水野が直接お聴きして感じたこと
“独自性(らしさ)”を育むために、
- 自力本願
- “違うこと”を誇りに
- 後ろ盾をはずす(そもそも後ろ盾がある現状に気づく)
ことが大切であると実感する素晴らしいご体験談であった。
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第65回 「 企業は環境適応業! 」
- 2011年10月25日 10:05 AM
- 経営者が影響を受けた言葉
梅乃宿酒造株式会社 代表取締役社長 吉田 暁 氏 (前編)
(63歳、酒造業) http://www.umenoyado.com/
1.人生と事業が大きく動く前の状況
わが社が大きく転換する前の私は、清酒の蔵元としてこの業界でいかに生き残っていくか、を常日頃考えていました。どうすれば同業他社より良い品質の酒を造ることができるか、といったことが何よりの大きなテーマであった様に想います。
四代目の当主として30年の長きにわたり胸の奥に潜む想いはありました。しかし、古い業界体質の中(例えば“営業するとは品格がない”と言われるような慣習等)、大きくは変わりきれなかった会社や自分自身がいたのです。が、あることをきっかけに大きな革新の瞬間(とき)を迎えました。
2.経営者・リーダーとして、こころにしみたあの言葉
国税局主催で「中小企業経営革新支援法」(当時)についての勉強会があり、これに参加し、学んだことで、背中を押されたような気持ちになったのです。そして、「どうせなら、わが社が第一号になろう!」と、その強い想いをこころに、即行動へ移ったことが革新へのスタートでした。
認定を受けるに当たっては、事業計画が漠然としたものではなく、明確さが強く求められました。社の強みは何か、弱みは何か、具体的にどの様なことをやっていくのか、資金はどう準備し、売上を3年後・5年後にどこまでもっていくのか等々。
こういった一連の取り組みの中から、「企業は環境適応業」や「コア・コンピタンス経営」という言葉であり、考えにも巡り会ったのです。永年の会社を良くしたいという想いが、一気に現実味を帯び、具体的な取り組みが成果となって 現れ始めました。
3.人生・事業で何がシフト(転換)したか
一言で言えば、製造する会社(酒蔵)から、経営する企業(酒・リキュール製造販売業)への転換です。新しいマーケットを見極め、そこに合う新規商品として梅酒(「こだわり梅酒あらごしシリーズ」がトップシェア)をつくり、海外市場にも大きく打って出るようになりました。物を作る力だけでなく、モノを売る力、さらには売れる力を強化 出来てきたと感じます。“どれだけ良いお酒を、どこへ、どの様に”が、際立つ様になり、その結果、女性層や若年層からの支持を得てこの4年間で5倍の売り上げを達成するに至りました。
4.水野が直接お聴きして感じたこと
「古い体質を打破する」──ために、
- 強い想いをもつ
- まずはやってみる
- 漠然を明確にする
ことが大切であることを実感する素晴らしいご体験談であった。
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第64回 「越えられない壁は訪れない」
- 2011年9月22日 9:29 AM
- 経営者が影響を受けた言葉
株式会社藤和ハウス 代表取締役専務 上島正樹 氏 (後編)
(41歳、住宅建設・不動産事業) http://www.towa-house.co.jp/
1.人生と事業が大きく動く前の状況
新しい会社にも慣れ、住宅不動産業界の仕事の面白さを日ごと実感する様になった頃、また大きな転機が訪れました。この時までの私は、「とにかくやってみる」という想いでただがむしゃらに行動をし、成果を追い求める日々。お客様との関係や経験値が増えるにつれ、個人の業績も急激にあがっていきました。評価は若手の中で全社トップクラスとなり、最年少で課長、最年少で店長、とトントン拍子に活躍のステージがあがっていったのです。
しかし、そこにひとつの壁が立ちはだかりました。自分が店長になって以降、メンバーの退職が相次ぎ止まらなかったのです。
2.経営者・リーダーとして、こころにしみたあの言葉
ちょうどその頃、プライベートでも、問題を抱えていました。ガンガンと攻め入るのは得意だが、周りの言うことに充分耳を傾けない自分の性格の脆さが色々な場面に出てきて大きな障害になっていたのです。
その様な折に、日頃かわいがってもらっている業界の経営者の方々とスキーにいく機会がありました。この時、一人の経営者の方から「自分にとっての“高さの(身の丈にあった)問題”が来ているんだよ。人がどうのこうのではなく、自分自身に矢印を向け、己の殻を叩き割ることだ。越えられない壁は決して訪れない。自らが変われば、問題は自然と解決してくる。自分を革新する絶好のチャンスだ」と諭してくれたのです。
3.人生・事業で何がシフト(転換)したか
この言葉をもらった瞬間、全身から力がスッと抜けた感覚がありました。あの時、悩んで苦しんで、どうしようもないくらいに追い詰められていたからこそ、結果的に180度異なる世界(①自分が成果を出す⇒組織で成果を出す ②人を厳しく指導する⇒相手の話に耳を傾け支援する)に転換できた感じがしています。自身の臨界点の様なものにまで達せず、中途半端な状態であったなら小手先だけの改善に終始し、大きな自己革新を迎えることはできなかったでしょう。
自己革新や、組織革新をするためには、この壁や障害というものは、辛いけれども必要不可欠で、そこが言うならば“入り口”の様にこころの底から感じた大切な経験であったことは間違いありません。
4.水野が直接お聴きして感じたこと
“壁を突破する”──ために、
- 壁・障害は革新の入り口でありチャンスと認識する
- 先を行く方々との本音の対話と助言を受け入れるこころをもつ
- 自分自身に矢印を向け、殻を叩き割る
ことが大切であることを実感する素晴らしいご体験談であった。
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第63回「わかったら、俺にも教えて! 」
- 2011年8月25日 9:47 AM
- 経営者が影響を受けた言葉
株式会社藤和ハウス 代表取締役専務 上島正樹 氏 (中編)
(41歳、住宅建設・不動産事業) http://www.towa-house.co.jp/
1.人生と事業が大きく動く前の状況
親父を亡くし、気が付いたことがいくつかありました。中でも、自分自身「結構、寄りかかっていたなぁ」と実感し、父という存在を改めて認識したことが大きかったです。親父が居るから好きなことができる。親父が居たからこそ、自由に生きてこられた─。ある面、周りに対して強がったことも言える自分がいたのはその大きな存在があったから・・・。しかし、その後ろ盾がなくなり、いかに自分が弱く、依存した人間であるかをしみじみと感じていました。
2.経営者・リーダーとして、こころにしみたあの言葉
そして、若くして母と姉の生計も含めた一家の屋台骨を背負う形となった私は、それまで全く縁も所縁も無かった建設不動産業界に飛び込んだのです。
そこで出会った最初の上司が、「仕事は教えない」というタイプの方でした。新人で分からない事が沢山あって聞きに行くと、「それ、僕もわかんないなぁ。ちょっと考えてみて」「忘れちゃったよ。調べてみて」と、十分な返答がなかったのです。極めつけには、「わかったら、俺にも教えて! 」という依頼があったこともありました。
3.人生・事業で何がシフト(転換)したか
最初の頃は正直、大変な上司に当たったな、という風に捉えていました。しかし徐々に、実はこの上司はとても心根に温かいものをもっている人だと感じてきたのです。
教えないのは意地悪をしているのではなく、私を信じ、真の成長を願ってくれているから。自分で考える前にすぐ人に頼ってしまう私の気質を見抜き、接して下さっていたのです。
今想うと、後に私の人生と仕事の両面において大きな財産となった──“依存(指示待ち)体質からの脱却”へこの上司が導いてくれたのは間違いありません。当時、知識やテクニックを手取り足取り教えてもらっていたら、確かに短期間でそれなりの業務ができる様になっていたのかもしれません。しかし、自ら仕掛け、仕事を生み、創造出来る様な事業家的なモノの見方と行動力を持ち、責任を担える立場の人間には育っていなかったであろうと感じています。
4.水野が直接お聴きして感じたこと
“事業家的なモノの見方と行動力をもった人財を育む”ために、
- 教え(過ぎ)ない!
- 知識・テクニック面だけでなくスタンス(立ち位置)面での関わり
- 魚を与える⇒釣り方を教える⇒釣り人本人が自ら考え、違いを生み出すことが大切である
ことを実感する素晴らしいご体験談であった。
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第21期経営『者』力強化本講座、3日間(2011年6月17~19日の合宿)に参加された経営者・後継者・経営幹部の方々のご意見・ご感想
- 2011年7月25日 12:02 PM
- 講座参加者のご感想
1日目(領域:過去/人生、テーマ:①人生は自分次第、事業は経営者次第 ②人間は不完全であるがゆえに、「感謝」が大切)感想
- 「“変わりたい”という気持ちを皆強く持って参加しているので“一緒に乗り越えたい”と思いました。私も勿論 やれば出来る、乗り越えられる、と信じて取り組みましたが、参加者全員の真剣さに感動しました。」
- 「感情を素直に表現していくためには、訓練が必要だし、習慣化しなくてはいけないな、と想いました。」
- 「“5Rich診断”の診断結果では、ある程度理解していたつもりだった自分の足らない部分やバランスの悪さが、具体的に理解できてよかったです。今後、その部分を意識しながら取り組んでいきたい。」
2日目(領域:現在/事業、テーマ:①経営者としてのものの見方をシフト(転換) ②経営者の習慣が、経営体質をつくる)感想
- 「講座が進むにつれ、自分が弱いと思っている点が浮き出てきました。しかし、そこが伸びしろであると考えると愉しくなってき、今後に向けて気持ちが入ります。」
- 「自分を認めていない自分がいることや、頑固であることなど、本当の私を知ることが出来ました。」
- 「私自身、そして我が社がするべきことが明確になりました。」
3日目(領域:未来/人生と事業の融合、テーマ:①From Future(未来から現在への発想) ②百の知識より一つの実践)・全体感想
- 「“パートナーへの手紙”は、書いているとどんどん書くことがあふれてきて、自分でも驚きました。」
- 「積極的に経営に参画する! という意識になりました。」
- 「自分自身の人生観や事業観が明確化し、これからが愉しみになりました。」
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第61回「お前ならやる! と信じていた」
- 2011年6月24日 10:42 AM
- 経営者が影響を受けた言葉
株式会社藤和ハウス 代表取締役専務 上島正樹 氏 (前編)
(41歳、住宅建設・不動産事業) http://www.towa-house.co.jp/
1.人生と事業が大きく動く前の状況
私は小学生の頃から剣道を通じて、実に様々な指導者や組織のリーダーと言われる人たちと身近に触れ合ってきました。指導を受ける立場から、どの様なリーダーが真の成長を引き出すことに長けているのか、如何にしてそれぞれの個性にあった方法で皆を導いているのか・・・等々直に見、聞き、感じてきたのです。この幼い頃から剣の道を通じて得た体験が今、日々の会社経営や社員の指導に生かされていることは間違いありません。
2.経営者・リーダーとして、こころにしみたあの言葉
ある指導者は、私に「お前はマダマダだ! 」と言い続けていました。年上の選手を打ち破ったり、個人戦では全国大会にまで進んだりしたこともあったにも関わらず・・・。
何で俺だけには厳しいのか! 何で俺だけに強く言うのか! という気持ちが湧き上がったことも幾度となくありました。しかし元来負けず嫌いの私は、何とかこの指導者に認めてもらおう!と毎日必死に頑張ったのです。そして気が付いた時には、団体戦で勝つために、自分の技量の向上だけでなく周り全体の成長のことも常に考える様になっていたのでした。
迎えた卒業年度、団体戦最後の大会。何とか優勝を勝ち取り、主将を努めていた私にこの指導者が一言、「お前ならやる! と信じていた」とこころの底からの想いを吐露されたのです。
3.人生・事業で何がシフト(転換)したか
大人になった今考えると、この指導者はすぐつけ上がる私の個性を実によく見て下さっていたと感じます。口では厳しく叱りつつも、態度・行動ではいつも温かく“私”を見守っていて下さいました。
また、私は18歳で親父を亡くしました。人に騙されたり、経済的に行き詰ったり様々なことがある中で、人間不信に陥った時があったのも事実です。しかし、辛い場面でも何とかくじけずにここまで成長してこられたのは、剣道での体験や恩師の言葉がこころに宿っていたからに他なりません。この、日々の稽古や生活態度全体を通じて私という人物を理解し、接して下さった師の指南が、今の自分自身の礎となっているように感じています。
4.水野が直接お聴きして感じたこと
「人の成長を促す」──ために、
- 人と深く関わる
- 人(の個性)を見抜く
- 人を信ずることが大切である
ことを実感する素晴らしいご体験談であった。
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