私が担当させていただいたある研修会での一コマだ。「皆さん、今年もあと1ヶ月余りですね。あなたは12月という言葉を聞かれて、どのような気持ちになられますか? 加えて、『もう12月』と、『まだ12月』という表現――あなたはどちらを口にすることが多いでしょうか?」というものだった。
問い掛けへの反応としては、「『“もう”12月』という言葉をよく口にしますね。時間が過ぎるのが速いという意味合いで使うことが多いです」というリアクションの人が多数を占めた。ただ、その後の討議の中で「深く突き詰めることで、“まだ”1年の内の12分の1『も』あることを強く感じた」という意見の方もでてきた。
様々な討議を経て、「時間感覚は主体的なものであって、意外と客観的に時間をとらえていないことに気付きました」という声を代表に、それぞれが時間に対する意識を深めていかれたのである。
人は時間(事実)を時間(事実)としてあるがままに捉えるのではなく、個人の主観や、そこから現れる様々な感情――時間に追われている切迫感や、やり残していることへのあせり等のために、そこにあるものが冷静に見えないようになりがちだ。
今回の例だと、12分の11が過ぎ去ったことに目を奪われ、12分の1が残っている客観的な事実に目がいかず、ただただ焦燥感の中でバタバタと動いている様な状態だ。
この取り組みの中で、経営の神様である松下幸之助氏の「素直なこころで見る」というキーワードが浮かび上がった。人それぞれ様々なとらわれがあり、事実をそのまま、ありのままに見ることができていないという教えだ。
自分が日頃知らず知らずのうちにおこなっている「ものの見方のくせ」に気付き、ともすれば見落としがちな事実(今回の事例だと、まだ1ヶ月あるという事実)をしっかりと見ることが大切だと改めて実感したのである。
時間を事実そのままに捉えるという進め方の中で、日々接するリーダーの時間感覚を回想し、人によって大きな違いがあることに今更ながらに気付いた。
あるリーダーは、「忙しい!時間が無い!」と慌ただしく動き回っている。別のリーダーは、「自分には時間はたっぷりと有る。ただ時間の使い方が未熟なため、時間を味方にしきれていない」と。
お二人の単なる言葉だけでなく日頃のそのお姿を拝見していると、時間に対するものの見方――「時間観」の違いがはっきりと浮かび上がってくる。
前者のリーダーは、全てに不足や無い面を主に見るくせがついているように感じる。具体的には、能力が無い、人材が居ない、資金が無い、人脈が無い等々。
後者のリーダーは、まったく逆で、全ては自分には有る。ただ、自分が活用しきれていないだけだという側面からの見方――「世界観」で全てを見ている様に想う。
今回のことを通じて、単に時間感覚(時間は有る/無し)のことだけでなく、リーダーとして自分が置かれている立場や環境をどのようにとらえているかという点で、素晴らしい洞察をいただいた。
リーダーは単に時間がないというだけではなく、あらゆる点の不足や、条件が不十分なことを嘆いていては生産的でない。意外と、そのリーダーが無いと勝手に想っているだけで、必ず有るというものの見方で周りを見渡してみる。そこに自分に力を与えてくれる発見(時間で言えば、空いた時間、無駄にしている時間の発見があるように、他のことでも自分が見えていなかったものに気付く)が必ずあるように感じる。
リーダーとして、組織で何かの結果を出す上で、言われたことや見えているもの、従来の役割だけを実行するという時代はとっくに過去のものになっている。変化が少なく競争も激しくない環境であればそれでもよかったのかもしれない。しかし、今の時代、前例主義や、以前取り組んだやり方やノウハウがそのまま活用できたり、実行のための条件が全て整っているのは珍しいのである。
今こそ、道なき道を歩む、見えない中で突き進む――そのようなリーダーの姿勢が求められる。言葉を変えれば、部門(組織)管理者から部門(組織)経営者への転換が求められている。
リーダーとして、不足を嘆く前に、有ることへの感謝が大切であると強く感じる今回の取り組みであった。時間一つをとってみても、全ての人に24時間というプレゼントが毎日毎日与えられているわけだから。
あなたご自身は何を感じ、何に取り組んでおられますか?
「『もう』と『まだ』」
「素直なこころで見る」
「時間が無い⇔時間が有る」
「部門(組織)管理者から部門(組織)経営者への転換」
「不足を嘆く前に、有ることへの感謝」
(1)あなたは、「もう」と「まだ」――どちらを口にすることが多いですか?
(2)あなたが時間に関して、感謝の気持ちが湧いてくるのは
どのようなことでしょうか?
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