先日、経営者の奥様とお話をする機会があった。
ご主人を内助の功で支え、
ご子息を三代目の後継者として
育てあげられた方の考えには大いに刺激を受けた。
初対面にも関わらず、これまでのご体験をもとに
実に様々なお話をお聴かせいただいた。
「最初は風習やしきたりの違いで戸惑う場面もありました。
主人からは職場に習って家庭内の整理整頓はもとより、
無駄や贅沢は慎むよう求められました。
例えば、お味噌汁は必要人数分だけ
カップで事前に計って作ることを徹底すること等々。
かといって、決して窮屈な想いで生きてきた訳ではなく、
自分が主人公という意識で常に前向きに
生きてきた面があります。
嫁いで来た時、事業に必死にとり組む周りの姿を見て、
日常生活面は自分でドンドン決め進めていくしかないと
ある意味悟りました。
人がどうのこうのではなく、自分はどうしたいのか!
自分がどうするのか!をいつも念頭に置き、
行動第一でがむしゃらに生きてきたのです。
愚痴を言っても何の解決にもならないことを当初から実感し、
それを言わないように努めてきたのがよかったのかもしれません。
どうしても弱気になり、心底疲れた時には、
できるだけ人前に出ないで森や海辺といった自然に抱かれて
気持ちをリフレッシュしてきました。」
この奥様は、九州で旅館のお嬢様としてお生まれになり、
ご縁があって関西に嫁いで来られた。
その持ち前の明るさと、
ご実家で培われた人々を慮(おもんばか)る気持ちや温かさが、
家庭や職場に爽やかな風として吹き込まれたに違いない。
40年近くを経た今日、事業は売上300億円規模で堅実経営を実現。
家庭では創業者ご夫婦を支え、
三世代にわたる温もりのある絆の深い家族を
育まれて来られたのである。
実にご立派と言うほかない。
短時間であったが多方面にわたるお話をいただき、
最初のうちは頭が整理しきれていなかったが、
徐々に強調されておられる3つのキーワードがはっきりしてきた。
それは、ムダ(無駄)、ハデ(派手)、グチ(愚痴)だ。
この3つの濁音(の言葉)を排除することの大切さを、
お話を通じて教えて頂いたということである。
特に、愚痴をため込まれず、感謝をため込む姿勢が印象に残った。
つまり、人に感謝することで
その人の周りに多くの人がワイワイと集まり、
情報がドンドン増え、結局生活や人生が潤っていくという教えだ。
事業を支えてくれるお客様、日々一所懸命働く社員の一人ひとり、
事業や生活を支える多くの人々がいるから、こうして生きていける。
ともすれば人はどうしてもこの逆であり、
愚痴を言うことで周りの人を自分から遠ざけているのだと言う。
さらに、これら3つの濁音(ムダ・ハデ・グチ)を
ため込まないことを胸に抱きながら仕事をする中で、
上方(関西)商法の有名な教えが蘇ってきた。
それは、井原西鶴が唱えた始末・算用・才覚というものだ。
始末は、始めと終わりのつじつまを合わせ、無駄を省く。
算用は、算盤(ソロバン)を用い合理的に考える。
才覚は、機転を利かし柔軟に挑戦していくというものだ。
今回お話を伺った経営者夫人は、
まさしく上方(関西)という風土でご自身を磨かれ
成長されたのであるが、伺った教えの本質となるものが、
実は上方(関西)商法の本質と結びついたのだという想いを
持ったのであった。
これまで頭では知っていた上方(関西)商法。
しかし、自分にはまだまだ実感が伴っていなかった面があった。
しかし今回の教えを深く考えることを通じて、それが見えてきた。
そして、難しく感じていた「始末・算用・才覚」が、
日常の実践テーマとして
「ムダ(無駄)、ハデ(派手)、グチ(愚痴)をため込まない」
という具合に、身近なものになったのである。
人というのは、お金や幸せをためようためようとして、
逆に焦るばかりで、ためてはいけないもの
(例えば、ムリ・ムダ・グチ・不平・不満)
をため込んでいるのかもしれない。
そして、本来ためなければならなかったもの
−−例えば『感謝』
をため込む気持ちをすっかり失ってしまってはいないだろうか。
あなたご自身は何を感じ、何に取り組んでおられますか?
「ムダ(無駄)、ハデ(派手)、グチ(愚痴)
−−3つの濁音(の言葉)を排除」
「感謝をため込む姿勢」
「上方(関西)商法−−始末・算用・才覚」
「ためてはいけないものをため込んでいるのでは、と振り返る」
1) あなたは、得たいものがたまる人とたまらない人で、
ため込んでいるものの違いは何だと想われますか?
2) あなたはムダ(無駄)、ハデ(派手)、グチ(愚痴)を
いかに排除しておられますか?
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